DVD映画ポータル
・・・ DVD映画ポータルはDVD・テレビゲーム・PS2・PSP・DSを扱うエンターテイメント専門ウェブマガジンです ・・・
トップ
DVD
海外ドラマ
アニメ
テレビゲーム
映画
リンク集
Google
   
少林サッカー
SHORIN SOCCER

2002年6月1日公開
上映時間1時間49分
2001/香港
クロックワークス/ギャガ・ヒューマックス共同配給
(写真をクリックすると拡大します)
   
監督・脚本/チャウ・シンチー(周星馳)
<出演者>
FW(鋼鉄の脚)/チャウ・シンチー(周星馳)
FW(軽功)/リン・ヅーソォン(林子聡)
MF(鉄の頭)/ウォン・ヤッフェイ(黄一飛)
DF(旋風脚)/モー・メイリン(莫美林)
DF(鎧の肌)/ティン・カイマン(田啓文)
GK(魔の手)/チェン・グォクン(陳国坤)
ムイ/ヴィッキー・チャオ(趙薇)
少林チーム監督 ファン/ン・マンタ(呉孟達)
デビルチーム監督 ハン/パトリック・ツェー(謝賢)
デビルチーム主将/スー・ヅーユン(釈子雲)
少年時代のファン/ブー・イエドン(浦葉棟)
少年時代のハン/ジャン・ミンミン(張明明)
<特別出演>
カレン・モク(莫文蔚)
セシリア・チャン(張柏芝)
ビンセント・コク(谷徳昭)
All rights are reserved by THE STAR OVERSEAS LIMITED & UNIVERSE ENTERTAINMENT LIMITED
少林拳×サッカー!?
かつて“黄金の右脚”と呼ばれながらも、チームメイトの罠により引退を余儀なくされた元サッカー選手のファン。彼はある日、少林拳を信奉している不思議な青年シンと出逢う。ブロック塀をも崩すその脚力に目をつけたファンは、シンにサッカーチームを作ることを提案。シンはかつて少林寺で共に学んでいた仲間を集め、こうして前代未聞かつ空前絶後な“少林チーム”が誕生! ハイテクトレーニングと筋肉増強剤で不死身と化した宿敵デビルチームと死闘を繰り広げる!

監督・脚本・主演:チャウ・シンチー(『食神』『喜劇王』)
  
INTRODUCTION
『少林サッカー』誕生のきっかけ
チャウ・シンチーたちがサッカー映画を作ろうと思ったのは98年にワールドカップがフランスで行われた時だった。しかし、映画の中身がサッカーだけでは、本物の試合の魅力にはかなわない。シンチーは以前からカンフー映画を作りたいとも思っていたが、彼自身が本物のカンフースターではないので、純粋なカンフー映画では人々を惹きつけられないのではと感じていた。そこでシンチーたちはサッカーとカンフーを組み合わせた映画を作り、2002年のワールドカップに合わせて公開することを考えついたのである。カンフーとサッカーという組み合わせについて、チャウ・シンチーの右腕ティン・カイマンは「もし、鉄頭功の技を持った人がボールを奪いに行けば、その相手にとっては間違いなく脅威になる。(カンフーとサッカーの組み合わせは)カンフー映画を観たことがある人は皆、考えつくことができるのです。カンフーにバスケットボールやバレーボールを加えても、とても独創的な新しいものを撮ることができます」と語っている。


勇気いる役を引き受けたヴィッキー・チャオ
ヴィッキー・チャオがチャウ・シンチー作品のファンだということを聞き、ティン・カイマンは以前から彼女に出演してもらいたいと思っていた。今回、たまたま彼女のスケジュールに空きがあったことから初共演が実現したが、顔中に吹き出物があるムイを演じることはチャオにとってはかなり挑戦であった。しかしカイマンは、役者の目的は演技をすることで美を追求することではない、醜い女を演じれば演技力が発揮されると考え、チャオにムイ役を勧めた。カイマンの説得の甲斐あって、チャオはムイを演じることを決めたが、しかし、それでも初めてメイクした日には「余りにも醜すぎる!」とショックを受けていたという。
チャオにとってもうひとつ悩みの種だったのが坊主頭。これはカツラで作り出されたが「まず髪の毛を糊で頭の上にぴったりと貼り付け、それからカツラを被り、皮膚の色と全く同じ色を塗る。それだけで12時間かかるのに、それだけかけて出来た頭も1日しか使えない。なぜなら、太陽に当たると糊が溶け出し、時間が経つと頭が凸凹になってしまうから。スタッフにカツラを取らないでほしい、寝ないで翌日そのまま続きを撮りたいと申し出たのだけどダメでした。毎日毎日これが繰り返されてもう死にそうだった!」

過酷だった撮影
全面的に中国大陸で撮影された『少林サッカー』。主な撮影現場となったのは、広東省にある珠海(チューハイ)、そして上海の2ケ所で、計4ヶ月以上の時間が費やされている。珠海は中国南部にあるため気候が温暖だが、反対に上海は気温が0℃前後になることもあり、温かい珠海と寒い上海を行き来するという強行軍に痩せてしまう人も少なくなかった。
撮影に負けず劣らず時間がかかったのがCGで、香港映画史上最多となる489カ所。CG処理を行ったのは、香港一のクオリティを誇るポストプロダクション、セントロ・デジタル・ピクチャーズ。最も時間がかかったのが映画の最後の部分で、たった1分間の長さに2ケ月が費やされた。その複雑さにおいても『少林サッカー』のCGは香港映画史上ナンバーワンを誇る。
  

STORY
 
“黄金の右脚”と呼ばれるサッカー選手のファンは、チームメイトのハンが持ちかけた八百長試合に荷担したことがきっかけで、自慢の脚を折られてしまう。20年後、かつての立場は逆転していた。サッカー界の首領として君臨するハンと、ハンの雑用係に身を落としてしまったファン。ふとしたことからハンと口論になったファンは、あの八百長試合が自分を陥れるための罠だったというショッキングな事実を聞かされる。
 ハンへの怒りを胸に、ふらふらと街にさまよい出たファンは、不思議な青年シンと出会う。少林拳を信奉するシンは、くず拾いをしながら少林拳を熱心に説いて回っていた。「脚が不自由でも少林拳は習える」───不自由な体を指摘されたファンはかっとなり、手にしていた缶を投げつける。シンはそれをいともたやすく、空の彼方に蹴り飛ばした。
 ファンと別れたシンは、たまたま通りかかった饅頭屋の店頭で、太極拳を使って絶品の饅頭を作るムイと出会う。同じ中国拳法の使い手としてシンは彼女に好意をもつが、ムイは顔中にできている吹き出物のせいで心を閉ざしていた。しかし、何かとかまってくれるシンの優しさに気づき、ムイは少しずつ心を開いていく。
 一方、ファンはひょんなことから、以前シンが蹴り飛ばした缶がレンガ塀にめりこんでいるのを発見し、その恐るべき脚力に気づく。プレイすることはできないが、サッカーへの想いでは誰にも負けない・・・。サッカーの情熱を取り戻したファンは、チームをつくることをシンに持ちかけた。敬愛する少林拳を広める良いきっかけになると思ったシンは、かつて少林寺で修行した兄弟をスカウトして回る。しかし、辛い修行の末に“鉄頭功”を会得したはずの一番上の兄弟子はナイトクラブで上司にこき使われる日々を送り、“旋風脚”の持ち主である二番目の兄弟子は食堂の皿洗い。“鎧の肌”を身につけた三番目の兄弟子は金儲けに目のないサラリーマン。なんでもはねかえせる“魔の手”をもつ四番目の兄弟子は失業中で、どこまでも浮かび上がれる“軽功”を身につけたはずの六番目の弟子は100キロを超える巨漢になっていた。
 シンの説得の甲斐あって、サッカーをやることに同意した五人だったが、輝かしい技を披露したのは今や昔のこと。案の定、はじめての練習試合では暴力的なチームにボコボコにされ、屈辱的な仕打ちを受ける。しかし、監督のファンがあきらめかけたその時、信じられないことが起こった。雲の流れが変わり、どこからともなくお経が聞こえてきたかと思うと、炎につつまれて五人が目覚めたのだ! 覚醒した彼らは今までがウソのように、鮮やかなプレイであっという間に勝利を手にする。“少林チーム”の誕生である!
 圧倒的な威力を持つシンの“鋼鉄の脚”を中心とし、それぞれ得意技を生かしてぐんぐん勝ち進む少林チームは、ついにサッカーの全国大会に出場を果たす。決勝戦の相手は、ハン率いるデビルチーム。ファンにとってはどうしても負けることはできない因縁の相手。過去に断ち切られたサッカーへの夢を託すように、ファンは少林チームをフィールド上に送り出すが、ハイテクトレーニングや筋肉増強剤の投与で不死身と化したデビルチームを前に、少林チームは一人また一人と倒されていく。
 もう代わりの選手がいない───。少林チームが負けを覚悟したそのとき、驚くべき人物がフィールドに現れた。果たして少林チームの運命は? そして勝利の行方は・・・。
 
チャウ・シンチー(周星馳)
62年6月22日香港生まれ。香港のテレビ局TVBの俳優養成所にて演技を学び(同期がトニー・レオン)、83年よりTVBの子供番組の司会をつとめる。子供が嫌いで人前に出るのも苦手なシンチーのぶっきらぼうな司会ぶりがユニークだと評判になり、5年もの間続投した。88年には「霹靂先鋒」で映画デビューを飾るが、この作品でいきなり台湾金馬奨(台湾アカデミー賞)最優秀助演男優賞を受賞する快挙をなしとげる。
コメディアンとして活躍しはじめたのは90年の「一本漫書闖天涯」からで、同年『ゴッド・ギャンブラー 賭聖外伝』の主役へ抜擢される。この作品は89年に作られたチョウ・ユンファ主演作品『ゴッド・ギャンブラー』のパロディだったが、これがオリジナルを超える大ヒットを記録。シンチーはまたたく間にスター俳優としての地位を確立する。
91年、テレビドラマ時代に知り合い意気投合したリー・リクチー執行導演(※実質的な監督のこと)のもと「龍的傅人」に主演し、ポリスアクションコメディ「逃學威龍」に主演。これが香港映画歴代ベストテンに入る大ヒットを記録する。92年もシンチーの活躍は止まらず、レスリー・チャン、マギー・チャンと共演した「家有韓事」、そしてシンチー初の時代劇「審死官」の両作品も香港映画歴代ベストテンにランクイン。「家有韓事」では脚本家のビンセント・コクと知り合い、意気投合する。
90年代半ばに入ると、役者のみならず映像作家としても活動するようになる。意気投合したリクチーとコクとは、それぞれの役割を限定しない形で、007シリーズのパロディ『0061北京より愛をこめて』(95) や『008・皇帝ミッション』(96) を作り、主演のみならず共同監督をつとめた。
天才料理人を演じた96年の『食神』からはシンチーがメインの監督となり、99年の『喜劇王』でも売れない役者を主演するかたわら監督を歴任した。この『喜劇王』は99年度年間ベストワンに輝くヒットを記録している。
足かけ2年のプロジェクトとなった『少林サッカー』では、鋼鉄の脚の持ち主シンを演じるために1年以上かけて体を鍛えた。香港ブルース・リー(李小龍)・ファンクラブの名誉会長をつとめ、サングラスもコレクションするほどのブルース・リー・ファンとしても知られている。
<フィルモグラフィー>『ワイルド・ヒーローズ 暗黒街の狼たち』(89) /『超アブない激辛刑事 カリー&ペッパー』『ゴッド・ギャンブラー2』(90)/『ゴッド・ギャンブラー3』「情聖」(91) /『マッド・モンク 魔界ドラゴンファイター』(93) /「破壊之王」(94)/『チャイニーズ・オデッセイ PART 1- 月光の恋』『チャイニーズ・オデッセイ PART 2- 永遠の恋』『ミラクルMASKマン 恋の大変身』(95) /『ゴージャス』「千王之王2000」(99)他

アクション指導 チン・シウトン(程小東)
53年生まれ。アクション映画の名監督であった父の影響を受け、早くから武術や京劇を学びながら映画界を志す。17歳で武術監督となり、80年に「ミッドナイト・エンジェル/暴力の掟」でツイ・ハーク監督と組んで以来、『蜀山奇傳 天空の剣』(84)、『北京オペラブルース』(86)、そして『男たちの挽歌』(86)で同監督のアクション指導をつとめる。チャウ・シンチー主演作『チャイニーズ・オデッセイ PART 1- 月光の恋』『チャイニーズ・オデッセイ PART 2- 永遠の恋』(95) でもアクション指導を担当。「奇縁/魔界戦士」、『スウォーズマン 剣士列伝』(90)の2作で香港電影金像奨(香港アカデミー賞)のアクション指導賞を受賞した。初監督作品は82年の『ザ・SFX時代劇 妖刀・斬首剣』。ツイ・ハーク製作の『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー1&2&3』(87、90、91)や『スウォーズマン 女神伝説の章』(92) 、『スウォーズマン 女神復活の章』(92)等で監督としても評価され、興行的にも大成功を収めた。

  
公開映画館
オフィシャルWEBSITE
http://www.shorin-soccer.com/
   
  
   
お問い合わせ  |  映画ポータルについて  |  広告掲載について | オフィシャルショップ マジックユーザー
DVD映画ポータルの文章・写真・画像・映像・音声等の著作権は「DVD映画ポータル」もしくは許諾を受けている著作権者に帰属します。
許可無く、複製・転載等の行為をお断り致します。