(キャスト)
◆李連杰 ジェット・リー(無名)
無名──これほど静謐で、覚悟をはらんだ名はない。胸にあるのはただ一つ、自らに課した使命のみ。10年間の心血を注いだ剣技「十歩一殺」を以て秦王を討つことである。
演じるは“功夫皇帝”ことジェット・リー。少年時代から天才的な武術の才能を示し「中国の至宝」と呼ばれ、『少林寺』で一躍スターとなった彼は、90年代には香港で武侠アクションを中心に活躍、今ではアメリカを拠点とし英語も自在にあやつる国際的スターだ。とはいえ、「中国武術を世界に広めたい」と語った『少林寺』時代からずっと中国への思いは変わらない。「この映画には東方の古代文化が息づいている、そこが好きです」と彼は語る。
実は香港で活躍していた時期、製作会社の社長がチャン・イーモウ監督にジェット・リーを売り込んだことがあるそうだ。そのとき監督は難色を示してこう言ったという。「顔が子どもっぽい。人の世の転変を知る中国人の顔になったらまた考えよう」 それから約10年の時が流れ、期は熟した。監督からラブコールが届く。さらに手紙も。そして2人はあらためて出会った。
中国を代表する巨匠と、中国を代表する武侠スター。だが従来の作品においては物
語的にも作風的にも接点がなかった。両者がこれほど同一の観念的地平に立ったのはまるで天啓のようなめぐり合わせである。「脚本を読みながら2度泣きました。22年間映画界にいて、脚本で泣いたのは初めてです」 それほどジェット・リー自身も入れ込んだプロジェクトだった。
彼は派手なことを好まず、寡黙で、家庭的だ。そして敬けんな仏教徒。待ち時間にはよく仏教書を1人で読んでいたという。だが仕事ではどこまでもプロフェッショナルだ。共演者に対するサポートも惜しまない。張曼玉は語る。「彼の前では私は大学生に向かう幼稚園生のよう。でも彼はとても親切でねばり強く、その忍耐強さが私の支えとなりました」
監督についてジェット・リーはこう評する。「互いに中国北部出身ですから通じるところがあります。監督は人々の助言によく耳を傾け、キャストにとても協力的で、尊敬をもって我々の意見を聞き入れてくれました。非常に才能ある監督です。巨匠というとプレッシャーを感じるものですが、彼はちがいます」 では、彼自身にとって“英雄”とは?
「人間の成長の段階によって英雄の定義は変わってくるでしょう」 この言葉に、かつて監督が彼に望んだ「人の世の転変を知る中国人の顔」がみごとにあらわれてはいないだろうか。
ジェット・リーはハリウッドで今一番注目され、成功しているマーシャル・アーツ俳優で、さまざまな役を通してその才能を披露している。9歳から北京の業余体育学校で武術を学び、たった2年後に中国全国武術大会総合優勝を成し遂げ、74年の世界巡業ではホワイトハウスに招かれ、ニクソン大統領の前で対戦演技を行った。10代半ばで武術コーチになり、18歳の時点で中国全国武術大会4回の連続優勝を成し遂げた。
20歳で競技の世界から退いた後、『少林寺』(82)で映画デビュー。公開されるなり一気にスターに昇りつめたリーは、2本の続編にも出演し、80年代の中国で一大ブームを巻き起こした。80年代後半にはベースを香港に移し、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』(91)、『格闘飛龍・方世玉』(92)、『ハード・ブラッド』(93)、『新・少林寺伝説』(94)、『フィスト・オブ・レジェンド/怒りの鉄拳』、『D&D/完全黙秘』(95)、『ターゲット・ブルー』(94)などといった作品に出演し、『リーサル・ウェポン4』でハリウッド・デビューを飾る。これをきっかけに『ロミオ・マスト・ダイ』(00)、『ザ・ワン』に出演。『キス・オブ・ザ・ドラゴン』(01)では製作、脚本、主演を務めている。現在はマーシャル・アートのTVシリーズ
“Invincible”を製作中。リーはその類稀な才能で全世界の観客を魅了した。そのファン層は、『リーサル・ウェポン4』の悪役で98年MTVムービー・アワードの悪役賞にノミネート、『ロミオ・マスト・ダイ』でベスト・ファイト・シークエンスにノミネート、E!Onlineにて最もセクシーな男性上位25位内にランキングされるなど、10代から女性と実に幅広い。
◆梁朝偉 トニー・レオン(残剣)
残剣──放浪の途で侠女飛雪と出会い、書道を通じて剣術をきわめ、飛雪と共に秦王の命を狙う刺客。しかし目的を果たすばかりとなったとき、彼はあることを卒然と悟る。
穏やかで、どこか厭世的な雰囲気もただよわすトニー・レオンのたたずまいは、まさに残剣の文人気質に通じるものがある。香港でTVスターからキャリアを開始、映画でも早くから性格俳優としての頭角をあらわしたトニー・レオンは、2度の香港金像奨最優秀主演男優賞、そして『花様年華』ではカンヌ映画祭主演男優賞を授賞した国際レベルの演技派だ。
これまでのキャリアの中で彼にとって武侠映画自体は決してなじみのうすい分野ではない。とはいえ『英雄』ほどの本格的アクションはここ10年近く経験がなかった。そのため3カ月前からトレーニングを開始したという。「自分でスタントをしたので本当に大変でした。湖上で無名と闘うシーンでは、足首の靭帯を切ってしまいました。歩くこともできず、再びアクションができるかどうかも分からないほどの負傷だったんです。でも、その後に撮影した秦王との果たし合いは思いがけないほどうまくいきました。それで、“緑の部屋”のシーンは自分にとって最良のシーンとなりました」
残剣は、書家にして刺客という静動相半ばするキャラクターに加えて、次から次へと異なる内面性を展開していく非常に難しい役どころ。だがそれこそがトニー・レオンの本領発揮の場といえる。とりわけ、“紅のシーン”はいつまでも視覚的記憶に残るインパクトだ。
台湾のホウ・シャオシェン、香港のウォン・カーウァイといった中華圏の映画スターなら誰しも一度は起用されてみたいと切望する大御所たちからすべからく声がかかる彼にとって、今回初めての仕事となった巨匠チャン・イーモウの印象をこう語る。「監督は自分が求めているのは何かを、きわめてはっきりと分かっています。そういうのって、僕ら一般の人間にはないことですよ」
では、自身にとって“英雄”とはどんな存在だろうか? 「若い頃は、英雄というとスーパーマンとかスパイダーマンを思い浮かべました。彼らは自分を犠牲にして人々を助けるからです。私にとっての“英雄”は、と聞かれれば、それは母です。私の父は私がまだ子どもの頃、私と母をおいて家を出てしまいました。にもかかわらず母は自分を犠牲にして私を懸命に育ててくれたのです」
人気・実力ともアジアでトップ・スターのトニー・レオンは、80年代前半にはテレビドラマの主演を飾りはじめ、80年代半ばに香港映画産業に身を移し、演技派として認められるようになった。そして『悲情城市』(89)でその実力を決定付けた。90年代に入ると、『ワイルド・ブリット』(90)、『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』(92)でアジアの大スターという地位を不動のものとし、『恋する惑星』(95)で香港映画祭の最優秀男優賞、金馬賞を受賞。『ブエノスアイレス』(97)での好演の後、『花様年華』(00)で名誉あるカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞した。地元香港では批評家も観客からも指示され続けるレオンのその他の作品には『チョウ・ユンファの
地下情/追いつめられた殺意』(86)、『風にバラは散った』(89)、『ワイルド・ブリット』 (90)、『欲望の翼』 (90)、『楽園の瑕(きず)』
(94)、『シクロ』(95)、『ロンゲストナイト』 (97)、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』 (98)、『東京攻略』(00)、『ファイティングラブ』(01)など。
◆張曼玉 マギー・チャン(飛雪)
飛雪──名の如く冷たく激しく、そして凛とした女刺客。父の形見はその名も飛雪剣。恋人の残剣と共に書と剣の修練を重ね、王宮に乗り込むが、思いがけないことが起こる…。
香港を代表する大女優マギー・チャンが演じる飛雪は、トニ?・レオン扮する残剣と対をなし、残剣と同様、何層ものキャラクターを見せる難役だ。マギーとトニー、この2人のぬきんでた俳優は何度も共演経験があり、今回も数奇な運命の刺客カップルを阿吽の呼吸で演じきった。
ミス香港入賞をきっかけに芸能界入りした当初、誰が今日の彼女を予想しただろう。だがウォン・カーウァイ監督の『いますぐ抱きしめたい』で演技開眼、以来目ざましい成長をとげた。『ロアン・リンユィ/阮玲玉』ではベルリン映画祭の最優秀主演女優賞を授賞。オリヴィエ・アサヤス監督との結婚歴もあり、今やヨーロッパ女優の風格すら持つ国際的スターである。
飛雪は、残剣以上にアクションシーンが多い。とはいえマギー・チャンは90年代に武侠映画の経験が豊富にあり、アクション監督のチン・シントウも旧知の仲。「アクションに加えて馬にも乗るなんて。でもこの作品の時代設定である2千年前らしく見えないといけないですから。それが大切なのよ」と余裕である。今回むしろ大変だったのはロケ地の苛酷な撮影環境だったようだ。砂塵が吹き荒れる砂漠で直射日光が照りつける中、生身をさらす撮影。女優にとって美容の問題は一大事だ。マギー・チャンも保湿パックを大量に用意し美肌の維持につとめた。
本作の名シーンの1つが、彼女自身「期待をはるかに上回ったシーンです」と感激した、黄色い銀杏の葉が舞い飛ぶ中でチャン・ツーイー演じる如月と闘う場面。ただ、チャン・ツーイーの刀が手に当たって出血するというアクシデントもあった。また、吹き付けられる大量の葉の中できちんと目をあけているというのも相当な難儀で、目が腫れてしまったことも。どれもこれもハリウッドでは考えられない。しかし、だからこそ作品のクォリティも高まるのだ。
撮影終了の日までマギー・チャンはトニ?・レオンと共に撮影があった。最後に撮ったのは“赤い蔵書館”でのシーン。撮り終え、彼女は涙ながらにスタッフと別れを惜しみ、現場を後にした。
「この映画で、俳優たちは心から一生懸命演じることができました。単なるアクション映画ではありません。チャン・イーモウは自分が何を撮りたいのかをクリアに分かっている監督です。撮影はとても順調に進み、俳優たちの気力を浪費させることがまったくないのです」
香港シネマの大女優であるマギー・チャンは83年から01年の間、80本もの作品に出演した。ミス香港コンテストに出場し、準優勝とミス・フォトジェニックに輝いたのをきっかけに、何本かのテレビ・ドラマ、低予算コメディー番組に出演後、映画初主演作『ポリス・ストーリー/香港国際警察』に出演することになる。88年『いますぐ抱きしめたい』(88)で、その年の香港映画祭の女優賞にノミネートされたのに始まり、その後のキャリアで、同賞を5回も受賞する(『仔猫のように抱きしめて』(89)、『ロアン・リンユィ/阮玲玉』(91)、『ラヴソング』(96)、『宋家の三姉妹』(97)、『花様年華』(00)現在においてもこの5冠の記録は破られていない。その後、『イルマ・ヴェップ』(96)の主演に抜擢され国際デビューを飾る。その後『ラヴソング』(96)、『宋家の三姉妹』(97)、『チャイニーズ・ボックス』(97)に出演。数ある受賞歴の内には、台湾金馬賞の女優賞を5回受賞(『フルムーン・イン・ニューヨーク』(89)、『レッド・ダスト/滾滾紅塵(こんこんこうじん)』(90)、『ロアン・リンユィ/阮玲玉』(91)、『ラヴソング』(96)、『宋家の三姉妹』(97)、『花様年華』(00)。『ロアン・リンユィ/阮玲玉』では、台湾、香港、シカゴ、ベルリンで4つの女優賞を受賞した。マギー・チャンはアジア人女性で初めてベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞したという経歴もつ。数限り無くあるその他の出演作のうち、主な作品には『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(85)、『客途秋恨』(90)、『ワンダーガールズ東方三侠』(93)、『花様年華』(00)、『オーギュスタンの恋々風塵』(99)、『ひとめ惚れ』、『楽園の瑕』(94)などがある。
◆章子怡 チャン・ツーイー(如月)
如月──残剣に8歳から仕える侍女。背に負う武器は、三日月の如き湾曲を持つ刀が2ふり。残剣を師として尊敬し理解し、そして飛雪との仲を承知しつつも残剣を男として恋い慕う。
演じるチャン・ツーイーは、中国大陸から久々に国際舞台へ躍り出たスター女優。しかもまだ24歳という逸材だ。『初恋のきた道』でそのあまりのけなげさに泣かされた観客は次には『グリーン・デスティニー』でそのあまりにはねっかえりぶりに魅了された。チャン・イーモウ、リ?・アンという巨匠の手になる2本の作品によって一挙にハリウッドへの道が開かれたのだ。
チャン・イーモウと再び組んだ『英雄』では『グリーン・デスティニー』とはことごとく異なる設定を与えられている。両者が否が応でも比較を免れない作品同士である以上、当然といえる。アクションも今回は初めての双刀。「緊張しました。初めてなので危険だし、難しいですから」 重い刀をふるい続けて手が晴れ上がり周囲をあわてさせたこともある。時には何時間も彼女について立ち回りを指導したジェット・リ?は語る。「本当に感心しました。そして本当に彼女には同情します。あんな小柄な少女が大変なアクションに挑むんですから。彼女は舞台芸術やバレエを学んできて武術の専門ではないわけです。にもかかわらずアクションは真に迫っていて、まるで何年も経験があるように見える。1週間から10日の練習で、本当にすごいことです。僕がバレエシューズを履いて踊ってもバレエダンサーに見せるなんてことできないですよ」
出番も多くはない。とはいえいつも他の人の撮影をスタッフと一緒に見ていた。それで付いたあだ名が「ベンチのプリンセス」。画面に登場する時間は15分ほどだ。だが確かな存在感があり、演技もアクションも生彩を放つ。こうした数々の事実が、ごく短期間でスターにのぼりつめたのが決して彼女の幸運だけではないことをあらためて証明してみせる。
「私にとって重要なことは前回を超えることです。自分自身を前進させていくことが私に課せられたチャレンジでしょう。何回とんぼ返りができるかといった身体的なチャレンジより、精神的なチャレンジのほうがずっと大変なんです」
恩師ともいえるチャン・イーモウの『英雄』を彼女はどう見たのか。そして彼女にとって“英雄”とは?「『英雄』には世界的なテーマがあります。映画の中で追究される「義」は世界に通じるものですからね」「英雄とは、普通の人間。でも並外れたことをする人間です」
近年中国で最も注目を浴びている女優チャン・ツィイーは、『初恋のきた道』で鮮烈なデビューを飾った。同作品は2000年ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞、これをきっかけにチャン・ツィイーは一躍、国際的脚光を浴びることになる。その勢いは留まることを知らず、続いてアン・リー監督のアカデミー賞外国語映画賞受賞作品『グリーン・デスティニー』に出演した。ダンスで生きていくという将あ来も約束されていたチャン・ツィイーだが、北京の中国中央演劇学院に進み演劇を専攻することを決意した。その後すぐに、チャン・イーモウ監督の目にとまり、『初恋のきた道』に出演、その後、記録的大ヒットとなった『グリーン・デスティニー』に大抜擢された。この作品で2000年にトロント批評家協会賞の助演女優賞、シカゴ映画批評家協会賞の新人女優賞を受賞した。2001年にはMTVムービー・アワードの格闘シーン賞を受賞し、People誌の世の「中で最も美しい50人」の内の一人に選ばれた。また、『ラッシュ・アワー2』で、国際的な成功を収めた。次回作は、韓国の歴史大作
”The Warriors” 、 “The Legend Of Zu”、『2046』(02)などが控えている。
◆甄子丹 ドニー・イェン(長空)
長空──野心も友情も感傷もすべて内に封じ込め、「義」の前には顔色ひとつ変えずに自らの命をも捧げる孤高の刺客。その長槍が、無名の運命の駒を大きく進める。
棋館での決闘は真の迫力とスピード感と美しさに満ち、重厚な色合いと幻想的な雨音と共に観る者を陶酔の境地へ誘い込む。ジェット・リーとドニー・イェン! 血沸き肉踊る組み合わせだ。彼らは青年期に同じ北京の武術学校に在籍した時期もある本物の武術家同士。香港映画『ワンス・アポン・ア・タイム 天地大乱』で見せた対決は屈指の名場面として知られる。当時2人は香港映画スター、それが10年後の今はいずれもハリウッドスターだ。そして再び極上の一騎打ちを見せてくれた。しかも再び武侠映画において。
ドニー・イェンは、古くは『ドランクモンキー 酔拳』の監督であり近年では『マトリックス』のアクション指導として有名なユアン・ウー・ピンに見出され、80年代から90年代にかけて香港映画で活躍した。ブルース・リ?に心酔し、「自分にとっての英雄はブルース・リ?です。彼の映画は全てのアクション映画に影響を与えました。今も彼が築いたものを踏襲しているのです」と語る彼は、ブルース・リ?がアメリカから香港へ戻った後に世界でブレイクしたのとは対称的に、近年、香港からアメリカへ打って出てマーシャル・アーツ・スターとしての国際的地位を手に入れた。その動きは実際に目にもとまらないほど速く、美しく、パワフルで正確だ。
長空=ドニー・イェンのキャスティングは後から決まった。彼をチャン・イーモウに推薦したのはジェット・リー本人だという。ドニー・イェンは他の予定をキャンセルして中国へ飛んだ。「なにしろ監督がチャン・イーモウですから。そしてもう1度ジェット・リーと相手ができる。何をおいても参加したかった」 撮影期間は半月。場面も1つ。だが、この棋館の決闘を欠く『英雄』などもはや考えられない。
思いがけない事故もあった。ジェット・リーの剣がドニー・イェンの右眉の下に接触しまぶたを6針縫う手術となったのだ。だが幸い傷跡も綺麗になった。ドニー・イェンはユーモラスに語っている。「『ワンス?』の撮影中、ジェット・リーのスタントマンとの立ち回りで左眉を負傷した。今度は右。ジェット・リーに尋ねましたよ。どうして私の眉を追い回すんだい?(笑)
監督には、オスカーに着ていくモーニングを用意して、と言いました。なぜか。私は『ドラゴン・イン』と『ワンス?』の撮影で大怪我をしたんです。その後、2作ともたくさん賞を獲ったのですよ(笑)」
人気急上昇中のドニー・イェンは今最も注目されているマーシャル・アート俳優の新顔。母親は国際的にも有名な太極神拳の師。10代の頃、2年間北京の武術チームでジェット・リーと同じ師の元で勉強した。映画出演初期の作品には『ドラゴン酔太極拳』(84)、『タイガー刑事(でか)』(88)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地雷鳴』(93)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝/アイアンモンキー』(93)などといったヒット作をいくつも世に送り出した。その後、イェンのキャリアはどんどんと華やかさを増していく。『ワンス・アポン・ア・タイム/天地大乱』(92)、『新・流星胡蝶剣/秘術VS妖術』(93)などに出演した。また、格闘シーンの振付師として『ブレイド2』などの振付を担当している。テレビでは「精武門/マスター・オブ・カンフー」という香港の人気30分ミニ・シリーズの主演・監督両方を担当のほか、「Codename:
Puma」(1999、2000)というドイツの人気シリーズの振付師を務めた。アメリカでも人気のイェンはGQ誌で「最もホットなアクションスター」の一人に選ばれ、Gear誌の2002年1月号では「最もホットな人」に選ばれた。次回作は『Shanghai
Knights』が控えている。
◆陳道明 チェン・ダオミン(秦の始皇帝)
秦王──全土統一の野望をむき出しに敵国を次々と滅ぼしてゆくカリスマ君主。十年の間、謁見者を百歩以内に近づけたことがない。だが三大刺客の長空、飛雪、残剣を討った功績により無名と名乗る一人の壮士が十歩の距離まで許された。そのとき、歴史が動く…。
いうまでもなく秦王は後の始皇帝、中国史上初めて「皇帝」と称し空前絶後の権力をふるった怪物的存在だ。『英雄』は、まだ世が戦乱の渦中にあった時期の姿を描く。
演じる陳道明は、中国で高い人気をほこる名優。時代劇でも現代劇でも、またTVドラマでも映画でも活躍している。こと時代的に関しては、王様クラスの歴史的人物を演じて強い印象を残す。たとえば日本でも公開された映画『続・西太后』では同治帝、TVドラマ『末代皇帝』では溥儀を、同じく『康煕帝国』では康煕帝を演じている。
それにしても、『英雄』の秦王のなんと威厳に満ちていることか。傲慢で陰険で狂気的な暴君として語られることの多い始皇帝が、これほど深い洞察力と熱い心を持った力強い人物として描かれたことがあったろうか。これは、作品自体のテーマを反映しているというだけではない。陳道明の毅然とした知的な容貌、聞き惚れるようなせりふまわしによって、一層の気品と貫禄が与えられたのである。「俳優としては、歴史的評価にとらわれることはありません。一般に始皇帝は巨大で光り輝くような描か
れ方をしますが、今回強調されているのは“武”と“風格”の部分なのです。むずかしかったのは、ひたすら座って演じたことです。動きがなく、言葉だけですべてを表現しなくてはなりませんからね」
コスチュームプレイは経験豊富な陳道明だが、武侠映画は今回が初めてだ。「私はこれまでずっとドラマを演じてきてアクションはできませんから、立ち回りは大変でした。しかも重い甲冑を着けたままでね。とにかく体がまだついていくことができたので良かったと思います」 だが、緑の薄幕が何枚もたなびく王宮の中、残剣と剣を闘わせる流麗なシーンを観れば、陳道明がこれまでアクションの経験がないということがむしろ驚きである。
まったく新しい始皇帝像を打ち出した『英雄』は、陳道明にとっても新たな挑戦と成功をもたらした。「張芸謀監督は、俳優に対して多くを要求はしません。ただし何か言うときはとてもポイントをついているのです。映画『英雄』の主役、それは張芸謀だと私は思っています」
大ヒットしたテレビ・シリーズの「ラスト・エンペラー」(84)がきっかけで一躍トップスターに踊りでた。ダオミンはこの役で、第7回中国テレビ金鷲賞と第9回National
Government TV ‘High Flying’ Awardsで、最優秀男優賞をダブル受賞している。人気テレビシリーズ”Walled
City”では四川国際映画祭の金パンダ賞、第11回High Flying Awardsの最優秀男優賞を受賞し、第3回中国映画・舞台芸術アカデミー賞と第2回全国制作賞にノミネートされた。95年に中国でテレビ・映画俳優の上位10位にランキングしてから人気は急騰し、1996年には全国映画ソサエティーの男優賞に選ばれ、00年には”My
1919”で名誉ある金鶏賞に輝いた。主な出演作には『My1919』 (99)、『Peach Blossom』 (95)、『西太后』
(84)、『一人と八人』(84)などがある。
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