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初日トークショー 「SEX:EL」

2001年12月15日(土) シアター・イメージフォーラムにて

  
シアター・イメージフォーラムでおおいに、“性”を語る
小説家、評論家、さらに競馬関連の著書もあり、なんとアダルトビデオの監督の経験もある高橋源一郎さん。『SEX:EL』の公開を記念して、『LISE 嘘』『倦怠』につづく、シアター・イメージフォーラムがおくる性についての決定版 『SEX:EL』についておおいに語りつくす!!
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そういう、どうしてかは分からないところもあるんですけど、女性と誘惑されてセックスしようとしたら「あんたは大きすぎるからダメだ」って拒否されて、「人間凶器だ」って言われて。そういうふうに「自分はセックスができないんだ」と思い込むんです。
これ、おかしいですね。こんなの、「そんなの思うか?」っていう。それがさっきも言いました原理主義の国ですから。ホットドックプレスもないし。アメリカはね、「ペントハウス」や「プレイボーイ」があって、ある部分では日本では絶対に見ることができない女性性器の開口部分が見られるわけですが、その一方で日本の小学生でも知ってるような基礎知識がないわけです。
普通に言うとこれ寓話だろうと思うんですが、しかし一面ではなんたって聖書のことをそのまま信じている人が何千万もいる国ですからね。だからアフガニスタンの人たちをアメリカ人は笑えないですよね。どうしてこういう話になったんだっけ。
つまり、そういう誤った知識をもっている主人公。その奥さんという人が、また若い頃に恋人と死に別れてしまったので、これからは結婚はしてもセックスはしない、と。でも、セックスを禁じられた男とセックスを拒否した女性が結びついている家庭に、フランス娘がやってきてセックスをするという話です。
フランスではこういう話はほとんどありえない。ラテン系ですからね。「SEX : EL」で「超いい」とはなっても「超大きい」とはならない。ですから、セックスについてタブーが二重、三重になっているところに、いわば性的先進国からの飛び込んできた女性との軋轢(あつれき)ということになります。
いわば、壁の中に閉じ込められた男性が解放されていく過程を描いているんですけれども、結局その閉鎖された共同体の中では、彼は思うように自由に振舞えず、結局排除されて死んでしまう。
ですから、この映画の見方は、一つ目に感じるのは「こんなのあるわけないじゃん」ていうね。
それが日本の今の世代の日本にいる我々というか、性的にはある意味先進国の日本の、更に先進的地帯である渋谷で映画を観ている。
「SEX : EL」の主人公に渋谷を歩いて欲しかった。道玄坂を歩いて真ん中より右側に入っていって欲しかった。ラブホテルが沢山、新しいのが出来てますね。新宿も新しいのが沢山できてるんですけどね。新宿って凄いんですよね。露天風呂付とか出来てるんですよね。映画とは関係ないんですけど。
そういう日本の中にいる我々から見ると、この映画全体がファンタジーに見えますけど、実際問題にアメリカという国のある一部にとっては非常にリアルな問題だということを考えてみたいと思います。
もう一つはやはり、そういう風に描かれているセックスというものが、当然映画を観れば「かわいそうに」とか「がんじがらめに縛られて」とか痛ましさを感じるんですけれども、そういう我々は解放されていて幸せだろうかという問題がもう一つ発生してきます。解放は同時に内部のボテージを下げることになります。
主人公も、もうおじさんなんですけど、年、いくつぐらいなんでしょうね、多分、十代の後半に「extra large 」と言われて二十年経っているんです。三十台後半とかそれくらいの設定だと思うんですが、フランス娘とセックスをするんですが、超嬉しそうで「よかったね」という。セックスはいいものですよ、という。
みなさんも、現役の方もすでに思い出となってる方もいらっしゃると思いますけど、セックスに対してピュアにというか、こういうもんだっていうことが純粋に取り出せることができるんではないかと。そういうことはなかなか難しいですね。
僕の個人的な感想を言わせてもらうと、最近僕は明治のことを書くことが多いのですが、今からおよそ百年前です。面白いなと思ったのは明治二十年、三十年頃の日本の作家が書いているようなのとほぼ同じ、百年前の日本ですね。っていうかね、明治の小説読んでもねセックスが出てこない。森鴎外の小説に「ビター・セックス・アリス」とういう小説がありまして、これは出て、即、発禁になった有名な作品ですが、今はヘア・ヌードが出てもみんなは屁とも思いませんが、数年前までは「確かに毛が一本写ってた」とかでドキドキしたわけですからね。人間の進化というか、何というかは恐ろしいものです。
その明治三十三年、四年位に書いた作品なんか、もちろん性交シーンなんてありません。「男女がむつみあっている絵を見せられて不思議な気がした」とかね。そういうね、鴎外は美少年だったそうなので、「大学の先輩が自分のことを変な目で見た」とか。そんなようなことが書いてあるだけなんですね。それが発禁。それくらい、今からいうと「どれが問題なんですか」ということになります。逆にそういう作品でも例外的なものですから、明治の作家のものを読んでいると、もしかすると明治時代にはセックスはしていないかったのか? していたはずですよね、どう考えても。そうじゃなければすでに日本は滅んでいますから。しかし、そのことはなかなか書かれなかったわけですよね。それは政府から弾圧されたわけではなく、そういう時代だったわけですよね。
百年前の日本を、我々は「バカだなぁ」と思いますけど、この「SEX : EL」は現代だと思います。
現代のアメリカの中に、こういうセックスについて全く禁じられた世界が。そしてまた、おそらくアフリカなり、アフガニスタンなりに行けば、もっとセックスというのが違った状態に置かれていると思います。
我々はこの二十世紀・・・じゃないや、もう終ってるんだ、二十一世紀の日本の渋谷に、しかも時間も夜で、公衆電話のボックスには色とりどりのビラが咲き乱れているところで、こういう映画を観ていると、何が現実だか分からなくなりますが、しかしセックスというものが我々の中にあって、そういう衝動がずっと続いてきている。我々は慣れすぎているから実はこういうもの既存して、ダメにしているんじゃないかということも観ているうちに感じてくるかもしれません。
僕、本当にこれ観ていて色んな事を考えました。その考えた結果、悟って、明日から僧侶になると仏門に入るもよし、突然昔分かれた彼女に電話して呼び出してもいいです。
そういう物を考え、行動を起こすきっかけになる映画だと思います。
ただ、一つ言っておきますが、アダルト見慣れている我々にとってはエッチなシーン自身はどうってことないですから。そこは過剰な期待はしないように。これ、三部作だそうなので期待して他の作品も観たいです。
ただ、さっきも言いましたようにアダルトビデオのサービスに慣れていると映画に入り込み難いかもしれませんが、通常の能力と思考を持っていれば楽しめるはずです。
みなさん楽しみにして御覧になってください。
ということで、あんまり話してもこれ以上変わりませんので。
ほっとくと明日のK-1の予想を始めちゃうので、ここまでにしたいとおもいます。
どうぞ映画を楽しんで下さい。
      
   
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