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「ハムナプトラ2/黄金のピラミッド」ブレンダン・フレイザー 来日記者会見
(2001年5月23日12:00より 帝国ホテルにて)
質問/大ヒットの理由について
本当に映画作りは難しいものなのですが、第一作が大ヒットしたんですけど、第一作目は問題点もあったと思います。その問題点から色々と学び取って、そして更にパワーアップしたいい映画ができたと思っています。我々の第一作目でファンになってくれた方々が、第二作目を観てガッカリしていないということが証明されたと思います。監督のスティーブン・ソマースが、ほとんどの生き残った人物全員を二作目で登場させたのが要因の一つであり、ILMのジョン・バートンがスペシャルエフェクトを担当していますが、これが更にパワーアップされたということも非常に大きな要因だと思います。あとの要因に関しては本当に、女神様が微笑んでくれたと言うしかないと思います。
質問/アクションで苦労した点は?
全編を通してハラハラドキドキの連続だと思うんです。今、自分が観ても、自分が出ているにも関わらず「次、何が起こるんだろう?」っていうほど、この映画はエキサイティングだと思います。
一番苦労した点は、やはり戦う相手が現場にはいないわけですから、それが一番難しいところだったと思うんです。かなりコンピューター・グラフィックの部分が多いんですが、私はその分野に非常に興味を持っています。一番、自分の気に入っているアクションのシーンというのがロンドンを走っていくバスの中のシーンなんです。あそこでの戦いというのは、実際にはバスの中にはああいうミイラというのはいなかったんですけど、私はいるということを信じて、非常に危険なものなんだと信じて、演じています。本当に最終的には、コンピューター・グラフィックのクリエイター、アーティストたちを信じるしかないと思います。
非常に興味深い点というのは、どんどんどんどん進歩していて、技術が非常に高度になっているので、昔は、我々はそういう指示に従って、すごく厳しい制約の中で演技をさせられていたのですが、今は、自由に演技をして、それに今度はコンピューターグラフィックとか技術の方がついてきてくれるようになっています。ですから、非常に我々にとってはやりやすいんです。ただし役者がいらなくなってしまうというような危険性もはらんでいるところが心配です。
質問/撮影中のアイデアで変更になった点はありますか?
かなり技術が進んできていて、俳優にとっては自由が与えられてきている部分があります。バスのシーンで、ミイラとの戦いの中で、彼を遠ざける為に目に指をつっこむと台本に書いてあったんですね。それをやった時に、やったあと、つい指に何かがついてしまったという演技をしてしまったんですけど、モニターを観ていたスタッフが笑って、「ごめんなさい、もう一回やり直します」って言ったら、「面白かったからじゃあそこに何かグジャグジャなものをつけてもらうようにしよう」っていうことになって、あとでIMNの方々が何か特殊なベタベタしたものを作ってソフトウェアを書き換えたということがありました。
ですから、あの場面のあのグニャグニャしたものが私の最大の貢献です。
質問/誰の為、何の為なら命をかけた危険に飛び込んでいけると思いますか?
自分の愛するもの、家族ですね。第一作目では向こう見ずのディックも、二作目になると、やはり家族が出来て妻と息子がいるし、優先順位が変わってきていると思います。息子が誘拐されれば、自分の命をかけてでも戦うという風に変わってきています。
質問/どうしてこれだけエジプトやミイラは題材として魅力があるのでしょうか?
エジプトというのが神秘を持った、非常に我々のアドレナリンを刺激するような題材なんだと思います。そして宗教的にもミイラ化することで、ある人物を死んだ後でも蘇らせることができるという部分というのが魅力を持っていたり、物語になりやすい題材なんだと思います。そしてハリウッドはそれを、非常に効果的に映画にする歴史を持っています。
このミイラというのは、我々の同情を買うような対象だと思うんですね。と、いうのは彼は最終的には自分の失われた恋を求めているという、非常にロマンチックな部分も持っている。その愛は気持ち悪い部分もありますし、見た目も気持ち悪い部分がありますけど、同情できる共感できるという部分というのもあると思います。
ハリウッドでは100以上のミイラ映画が作られていてとっても人気があります。今回のこの作品も、娯楽性も非常にあるので伝統に則っていますが、娯楽性があってカッコよくてエキサイティングでスリリングなハラハラドキドキさせる部分が効果を増したと思います。
質問/アクションもやっていますが、他の映画ではナイーブで、ちょっと間抜けで、純粋なキャラクターをやっていますが、そういう役柄から抜け出せないということはありますか?
私は演じるキャラクターがまるで「水から出された魚」のようだと思っています。こういうキャラクターというのはとってもエキサイティングで非常にチャレンジでもあるんです。脚本の中で、初めて何かに直面した場合、何か始めて経験する場合、そういう時の気持ちを大切にしながらやっています。今「間抜けな」と仰っていましたが、私の演じるそのキャラクターは自分のことを間抜けだと思っていないし、私の義務も私が間抜けだと思わないことだと思うんですね。それがポイントだと思っています。でも最終的には、非常に娯楽性の高いいい映画ができればという気持ちで演じています。
質問/シリーズ物に出演するとイメージの固定化につながり嫌がる俳優さんもいますが、もし「ハムナプトラ3」が作られるとしたら出演されますか?
こういうシリーズものというのは第三作目があるかどうか、私自身、そういう会話はしていませんがどっかでそういう話が進行しているかもしれません。この映画は第一章、第二章、第三章と続けて作っていける題材ではないかと思います。ですから、数年後にパート3でこういう形でお会いできるかもしれないと思います。しかし、現在は私自身のところにそういう話は来ていません。
こういうシリーズものをやると、ステレオタイプ、ある人物像にはめられてしまうかという懸念があるかということに関しては、自分は出来るだけ違うタイプの役や、違うジャンルの映画に挑戦してきたつもりで、自分は違う役に挑戦する事で新鮮でいられるし、観客もそれを望んでいるのではと思います。というのは、私が好きな俳優を観に行くときに、違う側面を観たいと常に思っているからです。
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