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(質問6)
あの役をどうとらえていましたか?
(モニカ・ベルッチ)
彼女は一見受身的に見えますが、これは1940年代のイタリアの女性の戦う姿なんです。
マレーナは自分自身の戦い方、尊厳を失った場所に戻るという方法をもっていました。自分が痛めつけられて、尊厳を失った場所に戻って勝つというのは、主人(男の人)と戻るという事だったんです。それが彼女の戦う姿、魅力だと思うんです。
トルナトーレは決してこれは女性蔑視の映画ではなくて、むしろ女性たちの過去に置かれていた姿を表すことで批判する批判的でフェミニズムな映画です。
1940年代の女性たちは酷い状態に置かれ、選挙権も無く、中絶する権利も、また男性なしで存在する権利もありませんでした。そういった時代なんです。
(質問7)
マレーナがあまり言葉を発しないのですが、その分、何か気を付けたことはありますか?
(モニカ・ベルッチ)
台本を見た時に心配に私自身なりました。こんなに話すことが少なくて、どうやってマレーナを魅力的な女性にするか悩んだのですが、私と監督の間に秘密の台本というのがありました。それは書かれたものではなくて、対話によって作られた内的なものです。喋ってはいませんが、内生を送ることは絶えずしていました。
最終的には眼差しで感情を表そうということをしています。
彼の映画の方向にそって、私は自分を粘土の作り物のように自分を変えました。
(質問8)
日本料理以外に日本に何か興味はありますか?
(モニカ・ベルッチ)
日本の映画もいくつか見ていますけど、なんと言っても全く違う文化、知らない文化なので刺激されます。今回、4日しかいることができないので、また来日する機会があればと思います。
今回は特に憧れていた町、京都を訪問することができて嬉しいと思っています。
日本人はとてもオープンで明るくて温かい国民性だと思います。
もう少し長い時間、滞在したいです。
(質問9)
日本の映画も御覧になったということですが、タイトルを教えてただけるでしょうか。
(モニカ・ベルッチ)
北野武さんの映画も好きですし、日本で長い間放映禁止だった大島渚の「愛のコリーダー」です。
(質問10)
トルナトーレ監督は女体賛美のようなものがあり、今回も少年の目を通して覗き見のようなものがありますが、モニカさん自身はモデルでしたが今回は捕らえ方はどうでしたか?
(モニカ・ベルッチ)
今回、トルナトーレ監督自身の少年の目という捉え方が正しいです。映画の途中で聞いた話だと彼自身、年上の女性に憧れて追いかけたという個人的な経験があるようです。そして大人になってから「実は好きだと思っていたんだよ」と本人に告白したエピソードがあるので、この映画は彼の個人的な経験がもとにあります。
恋愛感情をもつことは、普遍的な私たちのテーマを描いたんです。
モデルをしていたので肉体を強調することに慣れてはいますが、止まったままの写真を撮られることと、映画で演技をすることは凄い違うことで、だから必ずしもモデルが女優になれるとは限りません。
今回の映画、主人公自身肉体が演技をしていました。
その中で、きつい場面(リンチに合う場面)があり、撮り終わってから少年に「恥ずかしくなかった?」と聞かれました。私は女優魂があるからできました。
(質問11)
今回の来日が延期になったのはどうして?
(モニカ・ベルッチ)
個人的な予定でキャンセルしました。2年間働き詰めで主人とも時間的にすれ違いになっていました。そのために休養をとる必要があったからです。
(質問12)
最初の歩いているシーンと、ラストのくたびれて歩く後姿のシーンが印象に残っていますが、それについて監督さんから何か言われましたか?
(モニカ・ベルッチ)
その通りで最初と最後で歩き方が違います。台詞が少ない分、身体の動きなどで表現することが重要でした。最初は力強い女性で―目は伏せていましたがあの時代の女性はみんな目を伏せていたそうです―しっかりとした歩き方をしていましたが、辛い経験を通して彼女自身精神を痛めつけられてああいう歩き方になっているんです。
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