(戸田奈津子)
この映画は「produced by ショーン・コネリー」となっているわけですが、ショーン・コネリーが自らプロデュースした、それくらい惚れ込んだ素材だったわけです。
ショーン・コネリーは映画俳優多しと言えども、みなさん同じことをおっしゃいます「年をとるごとに良くなっていく俳優はショーン・コネリーだ」と。
他の人は「昔のあれが・・・」と無残という人が多いのですけども、ショーン・コネリーだけはだんだんよくなってきている、本当に素晴らしい俳優さんで、実は昨日と今日、本当はショーン・コネリーが来ていたはずなのですよね、ソニーさん。
私も前に二、三回お会いしたことがあるのですけども、またお会いできると楽しみにしていたのですけども、結局彼は今、情報によりますとバハバに住んでおりまして、彼は本当にゴルフ狂ですから、寒い日本に来るより、バハバでゴルフをしていたいということで、結局どうもやめちゃったようなんです。
もし、来ていてくだされば先週はアンソニー・ホープソンさんが来ていらしたでしょ、だから一週間に二人のサー(サー・アンソニーとサー・ション)と御対面できるかと思ったのですが、残念ですが・・・
私が見た限りでは、気さくな方でスター扱いされるのが本当に嫌いな方です。スター扱いされていい顔する俳優はまずいないのですが、特にショーン・コネリーは気さくで、あの俳優、あの大スターということは全然なくて、同じ目線で喋ってくださるとても素晴らしい方で、私は彼の声が本当にいいと思います。ショーン・コネリーの魅力は私にとってはあの声がすごくエレメントになっています。
独特の向うの訛りという問題がありまして、訛りは日本語になりません。
逆に考えて下さい。大阪弁があって京都弁があります。それは日本人が聞けばとても違います。じゃあ、それを大阪弁の英語と京都弁の英語にしてごらんと言われてもできっこありませんよね。英語の上で京都弁と大阪弁の区別はつけられるわけがない。
それは逆もそうなんです。つまり、スコットランドの訛り、アイリッシュ訛り、そらからイングランドの訛り、またその他アメリカの訛りがありますが、それを日本語の限られた字幕に違いを出すのは非常に難しい、ほとんど不可能です。
小説みたいに字数が一杯あってもスコットランド系の日本語なんてことは表現できないわけなんです。耳で聞くしかないわけですから。
ですから、このショーン・コネリーの話をしますと、いつもスコテッシュアクセントという独特のリズムのある歯切れのいい、メロディアスな、そういう素朴な中にも、彼は魅力をいつも見失いません。スコットだということを彼は非常に誇りに思っていまして、このことはこの映画の中にも出てきますが、いつも彼の独特の声と訛りも彼の魅力なのではないかと思います。
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